 |
| |
 |
 |
| |
ド・ディオン・ブートン車
(フランス製) |
 |
| |
 |
 |
| |
村上義太郎氏と改造後の
ド・デイオン・プートン車 |
 |
| 1912 村上氏との出会い 〜フランス製自動車大改造〜 |
 |
大会の新聞を持った老人が、倖一少年を訪れた。その老人とは、福岡の実業界で活躍した村上義太郎氏である。村上氏は突然、「うちにフランス製の車(ド・ディオン・ブートン車)がある。壊れているので直してはくれまいか。それに君は飛行機模型に熱中しているようだが、まず自動車をやる気はないか。もちろん飛行機の研究は日本の将来にとって必要だが、時期が早い。自動車も飛行機と同じくエンジンで動く。自動車の研究をして、その後に飛行機に進めばいいじゃないか」と言うのである。村上氏のアドバイスに納得した倖一少年は、自動車の研究を始める決意をする。
しかし、村上氏はただ走れるのではなく、一人乗りの三輪車を二人乗りの四輪車に修理、改造するよう命じた。改造の手がかりはイギリス製小型車の写真と数枚の資料のみ。二人乗りにする作業は新しい自動車を作るのと変わらない。部品もほとんど手作り。3.5馬力単気筒のエンジンやトランスミッションはそのまま使ったが、ラジエーターのパイプは一本一本、銅板を巻いて作り、丸ハンドルを付け、クラッチやキャブレターは交換、アルミ板張りのボデーと折り畳みの幌も自作した。部品を作っては、車体に取り付けてテストをする。具合が悪ければ作り直すといったことの繰り返し。後年、特殊自動車製作に乗り出すが、その基本はこの時に作られたといっていいだろう。 |
 |
|